Ricardo Tommy2013年9月23日1 分(呟き)世界が光をもってもたらされる様に、人間の意識は対象があって成される。 そして人間の愛は対象があって生まれる。 人間の愛は存在に沿っているとも言える。 人間の愛はその後様々な形へと発展したが、その基盤は存在の受容にある。 自我とは他我(他者の自我)の射影の累積体だ。...
Ricardo Tommy2013年9月6日1 分(呟き)純粋主観から世界を捉え直した時、遠くと近く、大きいと小さいは自己にとっての尺度に置き換わる。そうした時に物質の存在様式も変わらざるを得なくなり、個物の計数として始まった数の概念も変わってくるハズだ。少なくとも直線上の計量ではなくなり円環的、再帰的な計量になる気がする。
Ricardo Tommy2013年9月6日1 分ワタシの眼差し純粋主観から世界を捉え直した時、ワタシは世界に包まれているのではなく世界と対峙している。そしてよくみると世界なしではワタシはあり得ないので対峙ではなく世界がワタシである事がわかる。但し事象がストレートに意識を反映していないのは、ワタシが世界から137億光年も離れてしまったか...
Ricardo Tommy2013年2月1日2 分無意識の場所胎児の器官発達は触覚、聴覚、視覚の順に発達。 触覚は胎芽期から機能、聴覚は胎児期初期から機能、そして視覚は誕生以後機能する。 時空感覚先手の器官発達は人間が転倒して世に現れている事を射影しているよう。 そして胎児は逆さになって産まれ出でる。...